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第4回 『インスリンについて』

2008年06月01日

 今回はインスリンについて少し考えてみたいと思います。インスリンは血糖を下げるホルモンということはよく御存知と思います。現在インスリンは、血糖コ ントロールが悪くなった時に一時的に用いてコントロールが良好になったらインスリンを中止することができることも多いということがわかってきました。高血 糖になったらなるべく早期にインスリンを使用して早くインスリンを手放すことができる糖尿病の方がたくさんいらっしゃるということを知っていただくために 以下のことを書いてみました。

★インスリンの歴史

  1921年外科医のFrederick Banting、大学院生であったCharles Best、生理学の教授であるJohn Macleod、生化学者であるJames.Collipが、トロント大学(カナダ)でイヌの膵臓からインスリン(インスリンは医学史上最初に用いられた ペプチチド製剤です。)を描出して動物実験で有効性を確かめたことは、医学史の中で最も優れた発見の一つと考えられています。当初Bantingと Bestはisletinと呼んでいましたが、その後Macleodによってインスリンと名付けられ、生化学者の.Collipが純化に成功してヒトへ応 用できるようになりました。1922年1月11日に最初のインスリン製剤が14歳の糖尿病患者であったLeonard Thompsonに投与され成功しました。インスリンの発見はそれまで治療法がなく高血糖昏睡で亡くなってしまう不治の病となっていた生存にインスリンが 必要なタイプの糖尿病に対して生命を救う救世主として登場しました。
 
 1923年にBantingとMacleodにノーベル賞が授与されました。デンマークの生理学者であったClowesが、有名な臨床医であったハーゲ ドン博士の協力のもとにインスリン製剤を作りました。当時の最大の悩みはインスリン製剤の作用時間が短いことで、早くからインスリンの吸収を遅らせること を研究していたハーゲドン博士は1936年、魚から抽出した塩基性タンパクのプロタミンをインスリンに添加するとインスリンの皮下からの吸収が遅れて作用 時間を持続できることを発見しました(プロタミンの発見はインスリン製剤開発史上で最大の発見と言われています)。ScottとFisherは亜鉛がプロ タミンインスリンの効果をさらに増強すことを見つけ、プロタミン亜鉛インスリンを開発して1946年プロタミンインスリンを安定な結晶として世界初の中間 型インスリンが開発されました。その名前はイソフェンインスリンまたはプロタミンの開発に貢献したハーゲドンの名前をとってNeutral Protamine Hagedorn (NPH)と名付けられ、今日に至っています。

★糖毒性

 糖尿病において膵臓のβ細胞(インスリンを分泌する細胞)が慢性的に高血糖にさらされると、元々もっている膵臓のインスリンの合成・分泌不全の状態をさ らに直接的に障害することがわかっています。その結果、高血糖はさらに悪化して重篤になります。このようなさらに悪化した状態を膵臓のβ細胞糖毒性と呼ん でいます。つまり持続する高血糖が直接に糖尿病状態をさらに悪化させるという悪循環のことを糖毒性と呼んでいます。これをもう少し具体的にいいますと、高 血糖が持続すると膵臓のインスリン分泌能を低下させるのみならず、インスリンの主な標的臓器である肝臓・筋肉・脂肪組織などでインスリンの作用が発揮しに くくなる状態が起きてきます(インスリン抵抗性が生じるとかインスリン感受性が悪くなると説明されています)。この様なケースにインスリン注射で厳格な血 糖管理を行うと糖毒性が消失して本来の姿が現れて、膵臓が元々持っているインスリン分泌能が回復して、インスリン感受性も改善してくることになります。そ してインスリンを中止しても内服薬でコントロール良好な状態を維持できるケースがあるということです。つまり早く本来の姿を見つけるために早期にインスリ ンを使用したほうが得なケースがあるということです。上記の糖毒性の機序の一つに糖尿病において発生しやすい酸化ストレスが抗酸化系酵素の発現が弱い膵臓 —特にインスリンを分泌する機能に特化したβ細胞は繊細なため影響を受けやすく負担がかかると細胞死(アポトーシス)を起こしてしまう心配があります。ま た糖尿病を発症していない肥満の方ではβ細胞量の増加が認められています。まだ解明されていないことが多い分野ですが、この様にけなげに働いてくれるβ細 胞を大事にしていきたいと思います。

★インスリン分泌

 インスリン分泌は、食事と無関係に24時間一定に分泌される基礎分泌と食事毎に分泌される追加分泌があると記載されていますが、インスリン分泌は一定で はなく、主に1.5から2時間にスパイク状に分泌が増加することを繰り返しています。このインスリン分泌のリズムは基礎分泌にも存在していますが、食後の ほうが振幅は大きいです。またインスリン分泌には日内変動があって1日3回食事をとった時、食後のインスリン分泌は午前中のほうが午後・夕方よりも多く、 一番多いのは朝食後の追加分泌です。1日に分泌されるインスリンの約50%が基礎分泌で、残りが食事に反応して分泌された追加インスリン分泌であると言わ れています。計算上の基礎分泌は通常1日当たり18~32単位といわれています。

★まとめ

 現在様々のインスリンが開発されています。注射ではない吸入インスリンも開発されましたが使用上問題も出てきました。インスリンの発見によって多くの人 の命を救うことができるようになりました。よく言われることですが『インスリンを打ったら一生やめられない。』といった間違った知識を持っている方も多い ようです。インスリン注射への恐怖心を取り除き、インスリン使用によって血糖コントロールを改善させて合併症や動脈硬化を予防することの重要性、インスリ ンの早期導入により糖毒性が解除されてインスリン分泌能が回復するとインスリンは不必要になる可能性が高い糖尿病患者さんも多くいらっしゃることなどを 知っていただきたいと思っています。コントロール不良を放置せずに早期のインスリン導入で糖毒性を解除して内服薬のみで良好なコントロールを維持すること が可能な方もいらっしゃるので、最初からインスリンをきらわないで、こんなにすぐれた薬をもっと活用していきたいものです。何かの参考になると幸いです。

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