札幌市東区の総合病院 天使病院
天使病院の100年史「7名の修道女が来札」

100年史

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1908年(明治41年)

7名の修道女が来札

100_1_7sisters.JPG修道女の来日、苦難に・・・

7 人の若い修道女(写真)札幌駅に降り立ったのは、明治41年8月のことであった。

日露戦争後間もない頃で、その時駅頭には30人足らずのカトリック信者が、各自提灯を片手に出迎えたという。

これに先立つ明治38年10月、パリ外国宣教会・函館司教アレクサンドル・ベルリオーズ師(写真)は、ローマに向けて横浜を出発された。当時日本には約6万のカトリック信者が居り、4司教区に分かれていて、すべてパリ外国宣教会の管轄下にあった。しかし北部では、布教に携わる人の数もまた布教費も乏しくベルリオーズ司教の渡航の目的も、その広大な土地で、司教を援助してくれる人々と寄附をしてくれる人びとをさがす事であった。

100_1_belriorz.JPGその船旅の間に、師はフランス人の一紳士の挨拶を受けられたが、その紳士は娘がローマにあるマリアの宣教者フランシスコ修道会に入会していることを打ち明け、年老いた父の伝言を娘に伝えてほしいと司教に依頼したのだった。
司教はその年の12月に同会の本部修道院に赴かれたが、そのシスターはすでに、他の修道院に転任していた。
それから、日本について話が及び、修道会の会長は同会のシスター達が日本の熊本琵琶崎にある癩養療所で働いていると話した。
ベルリオーズ司教は、その修道院を一度訪問した事があると話し、早速、自分の司教区にも修道院を設けて欲しいとの希望を出された。会長はそれに対して快い返事をされたが、まだ、その設置場所及び資金の問題が残っていた。そこで会長は司教に、今のところ金銭の援助はむずかしいが、その解決法をどうするか等をたずねた。
司教は、派遣の内諾を大変喜ばれ、しばらく考慮の後、北海道庁のある、今急速に発展をつづけている札幌に設置を希望する旨を答えられた。
しかし、物質上の問題については、十分な援助の出来ない状態で、自分の訪欧の目的も布教の資金を集めることだということを打ち明けられたところ、会長は、後援者の名前を何人か紹介してくれた。
こうして司教は、全く思いがけずマリアの宣教者フランシスコ会のシスター達を管轄下の布教の新協力者として迎えることになったのである。
会長の紹介状を持って司教は募金の旅に出かけオーストリア、チロル、ハンガリアを経て、カルチア、シレジア、バワリア、ベルギー、フランスまで足を運び、各フランシスコ会で盛大な歓迎を受けられたという。
マリアの宣教者フランシスコ修道会本部が札幌で事業所を開設することを正式に承諾したのは、司教がローマを訪れた3年後の明治41年のことである。
こうして遠い異国にやって来たのは、院長のシスター・マリー・ド・ラ・グアダルーペ、シスター・マリー・デニー・ド・ランファン・ジェズ、シスター・マリー・サルバトリス、シスター・マリー・パンクラチオ、シスター・マリー・テクラ、シスター・ウゼフ、シスター・ジャンビエ、の7名のシスターであった。
彼女達は故郷を離れ、遠い異郷の地にあっても寂しくはなかった。
それは、彼女たち一人ひとりの心の底に、精神的・物質的に悩む人びとのために、キリスト教的愛の奉仕の必要性を痛感し、自らの名誉と地位を投げすて、一途にその道を邁進された創立者・マリ・ド・ラ・パッションの精神が力強く受け継がれていたためであった。
さて、7名のシスター達が初めて借りた一軒の家は、ビール会社の近くの北3条東2丁目の辺りであった。
彼女達の日本での生活は、先ず字引を片手に日本語の勉強からで、それに加えて、日本の風俗、習慣、道徳になじむことは並大抵ではなかった。
当時を語るエピソードとして、おぼつかない日本語で、日常の必需品を買い求め、あるときは鶏肉を買うためにその鳴き声を真似たり、ニンジンを買うためにウサギの食べる真似をしたりした苦労話がある。100_1_marry.JPG
当時の修道日誌には次の様に記されている。“院長のシスター・マリー・ド・ラ・グアダルーペ(写真)は慣れない気候でたびたび病気にかかったが、それにもめげず仕事を続けていた”。
7人のシスター達は数ヵ月前から、近所の女性達にフランス語、英語、刺繍、裁縫、音楽等を教え始め、大変忙しい日々を過ごしていた。
1910年(明治43年)10月6日、フランシスコ会フルダ管区のアレキシス師、オイゼビウス師、ヒラリウス師、ゲラルド師、ロック師の5人の司祭方が札幌に着任。
シスター達は刺繍や祭服を作りながら同時に病院を始める為の準備に追われていた。彼女達は環境を良くする為に、病院内に庭を作りたいと望んでいた。
もうすでに土地も手に入れ、支払いもすまされていた。
フランシスコ会の院長は大変寛大に修道女たちを援助された。
こうして3年間の日本でのさまざまな苦闘は報いられ、明治44年の9月15日、7名のシスターによって天使病院は創設され、社会事業としての医療事業の第一歩が踏み出された。

 

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